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西岡事務局長の週刊「挿絵展」 vol.28 一枚の挿絵から【参】 馬を描く

 今回、「挿絵展」の会場から紹介する一枚は、この挿絵です。
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「ヘンリー・J・フォード"The Story of Ciccu", The Pink Fairy Bookより」
 「風をはらみ舞い上がるベールが、とても感じよく出ています」と監督のコメントがついているのですが、本当にベールの柔らかさが表現されていますね。ただ、気になるのは、馬のポーズです。全力疾走しているというよりは、走っている馬が急に立ち止まろうとしているような、後脚を突っ張ってブレーキをかけようとしているように見えます。ただ、その割には騎手が手綱を引いてるようには見えないし、馬の首は前へ前へとむかっているようにも見えます。やはり、馬が駆けている瞬間を描いたのかもしれません。ひょっとしたら、走っている馬を魔法の力で後ろから引き戻しているところ、といったらピッタリくるような気がします。本当のことはフォードにしかわかりませんが。
 実は、馬が駆ける時にどんな脚運びをしているかは、長い間の人類の謎だったのです。高速で駆ける馬の脚は、動画を撮影することができなかった時代、人間の目ではどうしても捉えられなかったのです。これを見事に証明したのが、エドワード・マイブリッジ(1830-1904)という英国生まれのアメリカ人でした。
 マイブリッジは、元カリフォルニア州知事リーランド・スタンフォードからの依頼を受け、5年の撮月をかけ連続撮影装置を開発し、1877年、見事に馬のギャロップの連続写真を撮影することに成功します。その写真が次の写真です。
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 この連続写真は世界に衝撃を与えました。馬の脚運びは、猫や犬とは明らかに異なっていて、前脚と後脚がそれぞれ交互に運ばれていて、それでいて、両脚が地面を離れる瞬間も存在するという複雑な運び方をしていたのです。この写真を見ると、さきほどのフォードの絵は走っている馬のものではないことになります。後脚と前脚をそろえて走るのは、犬や猫の走りなのです。このイラストが収録された"The Pink Fairy Book"が発行されたのが1897年ですからフォードもマイブリッジの連続写真を知っているはずで、あえてこのポーズを描いたのだからと考えると、あなたはこの絵のキャラクターたちが置かれている状況が想像できますか?
 マイブリッジの写真の話には続きがあって、この写真をもとに、見世物として馬の走りのゾートロープ(回転させてスリットの間から見るのぞき絵。原始的なアニメーションのひとつ)が作られたのですが、これを見た発明王エドワード・エジソンは大いに刺激を受け、のちの映画の発明につながっていくのだそうです。

 さて、もう一枚のフォードの"馬"を描いた挿絵を見てください。
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「ヘンリー・J・フォード"The Girl who pretended to be a Boy", The Violet Fairy Bookより」
 こちらの、馬の脚運びはどうでしょうか。マイブリッジの写真によると、両脚が地面から離れている時は後脚は前を向いているのが正しいはずです。そう考えると、この絵の馬の脚は、残念ながら間違っていることになりますね。確かに、これでは地面を走っているというよりは、まるでメリーゴーランドの木馬に乗っているようです。ただ、フォードがあえてこのポーズを選んだのだとしたら。想像を膨らませると、この馬はこれから天空に駆けあがっていくように見えませんか? この馬は空飛ぶ魔法の馬なのかもしれません。おかしな挿絵だなと思っても、じっくり見ていると、そんな風に想像を膨らませることができる楽しさもあるのです。


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